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伊藤博文と韓国併合

皆さんお久しぶりです。しばらく更新を怠っていてすみません。韓国の歴史については、資料調べが進んでからもっとよくまとめてみたいと思うので、これからしばらくは、調査が進んでいるもの唐崎に報告していきたいと思います。

最近、伊藤博文韓国併合に反対だった、という誤った歴史を主張する人がいます。
伊藤は一時期、韓国併合に反対する立場をとっていましたが、最終的には賛成しました。

伊藤博文伝」によると、1909年4月10日、桂首相と小村外相が上京の伊藤をおとずれ、おそるおそる「韓国の現状に照らして将来を考慮するに、韓国を併合するより外に他策なかるべき事由を陳述」した。すると「公は両方の説を聞くや、意外にもこれに異存なき旨を言明した」。そればかりか、桂・小村が提示した「併合の方針」についても、「その大綱を是認」した、という。保護国論から併合論への改宗である。それから二週間後に東京上野の精養軒でひらかれた、京城日報社主催の韓国紳士日本観光団歓迎会での演説でも、伊藤は「今や方(まさ)に協同的に進まんとする境遇となり、進んで一家たらんとせり」と併合を示唆し、聴衆をおどろかせた。
(海野福寿「韓国併合」)

以上のように、伊藤は桂太郎小村寿太郎韓国併合案に賛成しており、一時の反対は、愛国義兵闘争に直面して、やや躊躇しただけだったのです。
伊藤博文は日本が韓国を不当に侵略した立役者の1人であり、愛国義兵闘争の標的にされるのは当然だったのです。
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辻小姐-つじしゃおじえ

Author:辻小姐-つじしゃおじえ
こんにちは、辻小姐です。
小姐とは、英語のMissのような意味の中国語です。
日本の旅館や料亭の、「お姉さん」のような意味にも使われます。ウェイトレスや何とかアテンダントのような職業は、みんな小姐です。えっちなお店の女の子もです。
でも、わたしはそういう店では働いていませんよ。

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